今、これがレバノンの真実。

2006.07.28 Fri

どうか、このサイトの写真を目をそらさないで、ご覧下さい。
http://209.67.212.138/~lebanon/
そして、戦争のない社会を創り上げるにはどうしたらいいのか、どうか考えていただけませんか。
このブログをご覧の方にお願いいたします。

7月26日付「長周新聞」二面の記事には、レバノンおよびイスラエルを訪問したライス国務長官のことが載っています。
「ライスは当初予定になかったレバノン首相と会談、ついでレバノン国民議会会長と会談した。AFP通信によると、ライス長官は停戦の前提として、
?ヒズボラリタニ川(対イスラエル国境から約20km)以北への撤退、
?リタニ川以南への国際部隊展開―――のニ条件を満たす必要があると強調した。」

「このあと、ライスはイスラエル入りしてまず外相と会談した。ライスは『一時的な解決策は好ましくない』と、アラブや欧州諸国の求める即時停戦に反対。」

アメリカの意図が透けて見える発言です。
そしてその犠牲になっているのは、一般市民なのです。

長周新聞のサイトはこちら↓です。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/
大手商業新とはまったく異なり、権力に迎合しないどころか、立ち向かってゆく新聞です。

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  1. 2006/07/28(金) 23:46:13|
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自衛隊は主張する。

2006.07.28 Fri

市民社会フォーラムのメーリングリストで、週刊誌「朝雲」の記事が紹介されていました。
メーリングリストにこの記事を投稿してくださった方(転載を快く許可くださってありがとうございます!!!)によりますと、「『朝雲』はもともと警察予備隊→保安隊→自衛隊の機関紙でした。
現在は民間会社が発行する自衛隊・安保・軍事専門紙という位置づけですが、準機関紙のようなもので、自衛隊でよく読まれている新聞です。」とのことです。

では転載開始!

* * * * * * *

朝雲寸言2006/7/20付

戦争を止めさせるには、制裁、報復といった心理的、物理的強制か、または利益誘導という手段がある。北朝鮮をめぐって国際社会はここ数年、制裁か利益誘導かで議論してきた。今回の国連安保理決議は、「次は制裁」という一種の脅しを含んだ強い警告となったが、北朝鮮は、直ちにその受け入れを拒否した。
まして、「戦争」が長い歴史的怨念に基づくものであれば、多少の脅しや利益誘導で片づくものではない。小泉総理が中東訪問時に示した「平和と繁栄の回廊」構想は、日本を仲介に当事者の話し合いによる和平と経済復興の道筋を探る「利益誘導」型の和平プランだ。
だが、総理がイスラエルを訪問している最中に、同国によるレバノンへの攻撃が始まった。これを日本外交の甘さとか失敗というのはたやすいが、戦いであれ和平であれ、成功するには理性とタイミングが要る。
タイミングが悪くとも、和平を訴え続けることは無駄ではない。
サミットでも、世界のリーダーがこぞって中東、北朝鮮への懸念と自制を訴えた。だが、理性はしょせん、局外者の理性であって、怨念に凝り固まった当事者には通じない。
「義理がすたればこの世は闇」というが、理性が沈黙すれば世界が闇となる。
理性の声は明白だ。ミサイルによって利益は受られない、テロが勝利することはない、そして、テロに「戦争」をもってこたえるだけではテロはなくせない。

(引用終わり)
* * * * * * *

それでは更にもうひとつ、記事の転載です。

* * * * * * *

(海洋調査を行う)韓国の調査船「ヘヤン」2500トンに対して、海上保安庁は3000トンの巡視船「大山」を出して牽制する。
韓国海洋警察は、4月のように多数の警備艦を派遣せず、1〜2隻の警備艦を随伴させると見られている。
日韓のコースト・ガードは、互いに事態を紛糾させないよう細心の注意を払おうとしている。どちらも力づくの紛争にはしたくないのだ。
実力組織は「政治の道具」でありつつも、政治の行き過ぎに巻き込まれまいとする。
片や政治家は海を挟んで声高に相手を非難し、現場はリスクを背負って苦労する。
“勇ましい政治”が紛争の解決に役立たないことは歴史が教えている。
(以上引用おわり)
* * * * * * *

いかがでしたでしょうか?
このふたつの記事。
この週刊誌の存在すら私は今回はじめて知ったのですが、「理性が沈黙すれば世界が闇となる。」、「テロに「戦争」をもってこたえるだけではテロはなくせない。」とは、心強い発言です。
そして「“勇ましい政治”が紛争の解決に役立たないことは歴史が教えている。」です。

自衛隊の存在意義を強引に押し通すのとは180度異なる、国民にとって有用となる国家観、平和観による視座が、この記事の底辺となっているように思います。



  1. 2006/07/28(金) 00:01:43|
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また8月。

2006.07.24 Mon

今年もまた八月が来る。
八月は重い。
いろいろなことを考えさせられる。
本当は見たくないのだが、あえて広島の被爆者の写真を見る。
勇気を振り絞って、見る。

彼らの姿は何を訴えるか。
何を考えさせてくれるか。

焼けただれた背を上にして横たわる人。
血だるまとなった人が5人くらいだろうか、折り重なっている。

彼らが残してくれたものを、かみしめる。
私には目というものがあるのだから、見なくてはならない。
私には耳というものがあるのだから、聞かなくてはならない。
私には、性能こそあまりよくないけれど、頭というものがあるのだから、考えなくてはならない。

何が必要か。
考えるべきことは何か。

武器はもういらない。
防衛のためといえば、なんだか自分の身は自分で守る姿が思い浮かぶのかもしれないが、それとても力で、経済力で、相手をねじ伏せているだけに過ぎない。

戦争はもういらない。
歴史を振り返れば、戦争ばかりだ。
そう思っていたら、イスラエルがレバノンに刃を向けている。

また8月が来る。
いったい何回8月が来たら、戦火は消えるだろうか。


  1. 2006/07/24(月) 23:27:12|
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UTSのアンケート

2006.07.18 Tue

Under the Sunがアンケートやってるんですってね。
http://utseqt.exblog.jp/2786092
私はUTSのメンバーなので、ここはぜひ答えなきゃね♪♪♪

「北朝鮮のミサイル発射にゆれる日本。
北朝鮮の真意、今後の国際情勢の展望はまだ知れませんが、日本の国防に関して、皆さんのご意見をお聞きしたいと思います。」
と、まず前フリがありまして、内容はこうなってます。

質問:あなたが考える、この先、日本がとるべき国防の方向は?

1.非武装をすすめ、他国から侵略されても抵抗をすべきではない
2.他国から侵攻は防衛しても、攻撃はおこなうべきではない
3.専守防衛は現在でも可能なので、現状を変更する必要はない
4.武装を強化し、専守防衛に徹すべし
5.武装強化・憲法改正をおこない、専守防衛に徹すべし
6.日本にとって危険な国に対しては、先制攻撃を加えるべき
7.核兵器の開発までふくめ、軍事力を増大していく必要がある
8.その他

それで私の回答なんだけど・・・
うぉっ、この中に選べる選択肢がないよ?
どぅしましょ〜???
それに「国防」という言葉にもひっかかるのね。

そしてこの問いが、そもそも北朝鮮という存在をベースにしていることに疑問を感じます。
北朝鮮が日本に対して武力攻撃をしかけてくるかも知れない、などというのは我が国のメディアが作り上げた、笑止千万、荒唐無稽なでたらめにすぎません。
ですからそんなことを元にしていては、考えてみようにも考えられないのです。
私がこの問いに最初に感じた違和感は、ここに起因しています。

PLOパリ代表でピアニストにして詩人のイブラーヒーム・スースの著書「ユダヤ人の友への手紙」を少し引用します。

「あらゆる暴力行為は人を怯え上がらせるゆえにテロである。」

「しかし、そうはいっても、ユダヤ人の激しくかき立てられた苦しみが、彼らをもっと賢明にし、もっと慧眼にしてもいいはずだったのだ。
苦しみについては、ぼくはこう言おう、その苦しみゆえに、彼らは人間対人間の容赦のない戦いという、この宿命をのがれることもできたはずだ、と。」
1989年岩波書店 訳:西永良成

第二次世界大戦を経験した日本人が、その敗北とあまたの犠牲を払い、なおかつ他国に対してひどい犠牲を強いたこと。
この苦しみから逃れようとするなら、その経験から国家とは何か、人権とは何か、普遍性を持った思想を自らの手で創り出すことが必要です。
これなくしては、何度でも軍事国家と成り果てて戦争を繰り返す、終わりの無い戦争状態が続きます。
今、日本はその道をひた走っています。

本来なら、UTSで話し合うべきは、どのようにしたらこのような思想を創り出していけるか、でしょう。

「1.」では、非武装をすすめようにも、現在の日本は非武装では有りませんから選べません。
「2.〜7.」では、再度の戦火を呼び起こす火種にしかなりえません。
「8.」になってしまうのも考えものという気がします。

これが私がどの番号も選べない理由です。

  1. 2006/07/18(火) 02:37:02|
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敵はそこにいないよ。

2006.07.11 Tue

インドでもミサイル実験して失敗ですか。。。
最近、実験しては失敗するのが流行なの?
なんだか「テポドンらしきものが見える」とかなんとかマスコミが騒ぎ出してから今に至るまで、出来の悪いメロドラマ見せられているような感じなのね。

そんなふうに思っていたら、私が大大大好き、大ファンの浅井基文先生がご自身のウェブサイトで、北朝鮮によるミサイル発射について、記事を書いておられたのでさっそくじっくり拝読しました。
左の固定リンクからでもこのサイトにいけますが、てっとりばやく直リン載せちゃいます。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/file147.htm
皆様もぜひご一読ください。
「直ちに『北朝鮮脅威』に結びつけて騒ぎ立てるこの国の有様には、もっと恐ろしいものを感じます」
とありますが全く同感です。

そしてさらに今日、保坂展人さんのブログ「どこどこ日記」を読んでいたら、「『ヒロシマ・ナガサキ』の経験から、『核廃絶・軍縮の道』を掲げることが必要だ。核弾頭ミサイルが、第三の被爆地をつくらないためにも。」とあります。
まったく仰るとおりです。

しかし。
この「ヒロシマ・ナガサキ」から本当の平和へ続く道は、残念ながら茨の道だと私は思っています。
なぜなら戦争終結から60余年が過ぎた今なお、日本では人権というものが確立していないからです。
「ヒロシマ・ナガサキ」は過去の忌まわしい経験談として語られているにすぎず、そこから導き出されるべき平和思想が構築されていないのが現状です。
思想として人権や国家のあり方が確立していれば、被爆者が亡くなってしまった後でも、平和思想は生き続けることができます。

日本国憲法はまさにこの思想が濃縮されたものと私は考えるのですが、憲法発布後わずか2、3年で、つまり朝鮮戦争が始まってすぐに、この思想は保守政治によって骨抜きにされています。
それだけ長きにわたって骨抜きにされ、人権とは何か、国家とは何かを問うにも目隠しされ続けてきた国民の目に映るものは、メディアによる「北朝鮮脅威」の大合唱なのです。

平和思想の確立もなされなず、人権という本来すでに自分が持っているいるものにも無自覚なままで、核廃絶の道を模索するのは非常に厳しいと思います。

もっともどんな茨の道でも、私は歩いていこうと思っていますけどね。

  1. 2006/07/11(火) 01:55:08|
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