痛快! 朝日新聞記者・松井やよりさんの生涯 <前編>

2006.12.20 Wed

私が沖縄・日本から米軍基地をなくす草の根運動の、渋谷にある事務所を訪れたのは10日ほど前です。
公園通りの雑踏の中、渋谷の駅から歩いていくと、左側に山手教会があります。

「ゴスペルコンサートを開催します。ぜひご覧ください。」

教会の前で若い男の人が、なんだか楽しそうに呼び込みをしていました。
その山手教会と同じ場所に草の根運動の活動拠点があります。
ゴスペルかぁ、聞きたいなと思いましたが道草をしている時間はありませんでした。

それよりさらにさかのぼること数週間前、私は市民社会フォーラムの東京例会に参加しました。
講師に沖縄・日本から米軍基地をなくす草の根運動の平山基生運営委員長をお迎えし、基地問題の最前線について貴重なお話を伺いました。

熱っぽく基地問題を語る平山運営委員長のお話は、とても分りやすいものでした。
ともすれば暗くなりがちな平和運動です。
しかも「狂」の安倍政権の発足後であり、なおかつ沖縄県知事選挙で糸数慶子候補が惜しくも敗れた直後のことです。
共謀罪や教育基本法改悪など頭を抱えて青ざめる、そういう情勢です。
けれども平山運営委員長が例会の最後に仰った言葉は、
「こうして私たちが集まっている、そういうところに希望があるのです」
というものでした。

例会が終って帰る道すがら、たまたま平山運営委員長が私のそばにいらっしゃいました。
基地問題にうとい私は、ここぞとばかり運営委員長を質問攻めにしました。

「糸数さんが選挙で負けたのは、彼女が女性だったからではないかと勘ぐっているのですが?」
「そうですよ、そのとおりです。」
「となると沖縄では性差別って、こちらよりひどいのでしょうか?」
「そうですね、重要な場面ではまだまだ女性は一歩下がって、というふうです。」

私の、なぁんにも分っていません式の質問にも、運営委員長は丁寧に答えてくださいます。
なんだか「子ども電話相談」ふうです。
そして沖縄の平和を実現することが、いまだ茨の道にあると痛感させられます。

そして話は草の根運動のウェブサイトのことになりました。
なんでも、もっとより良いものに変えていきたいという運営委員長の意向とは裏腹に、更新するもの難儀しているとおっしゃるのです。
私は自分の腕前の未熟さも忘れて「お手伝いします」と言っていました。

こんなわけで、私は打ち合わせのため、冒頭で書いたとおり渋谷の事務局にお邪魔したのです。

その日、私は二冊の本を運営委員長からいただきました。
「私の姉が書いた本です。」

愛と怒り 闘う勇気 松井やより著 岩波書店刊
サブタイトルは「女性ジャーナリスト いのちの記録」
とあります。
いま一冊は「松井やより 全仕事」とあり、アクティブミュージアム女たちの戦争と資料館が発刊した大判の資料です。

平山運営委員長の実姉、松井やよりさんは朝日新聞の記者でした。
しかし、その活動は単なる一記者にとどまるものではありませんでした。

<次回へつづく>

おぉ、今回は長編だぁ〜 (どこが? カラマーゾフの兄弟じゃないっつうの)
ブログの記事を書いていたら、どんどこ長〜くなりまして、こりゃ1回じゃ終わらないわね、と考えた次第です。
というわけで、「次回も乞う期待!」とまるで昼ドラのようなことを言っているのです。

  1. 2006/12/20(水) 23:32:05|
  2. 松井やより氏|
  3. トラックバック:6|
  4. コメント:3

プロフィール

カレンダー

11 | 2006/12 | 01
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

Recent Entries

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

DTIブログポータルへ
このブログを通報
Report Abuse

利用規約