強いものはより強く 弱いものはより弱く その3

2008.06.12 Thu

私の息子が学校に行くのを止めてから、1年半ほど経ちました。
小学校5年の3学期から中学1年になった現在まで、きれいさっぱり学校というものからオサラバしています。
今のところ、一応公立の不登校生徒のための施設に在籍していますが、そこにも数えるほどしか行っていません。
息子いわく、
「他のみんなは、ある程度普通に学校にも行ってるんだよね。
ぜんぜん行ってないのは自分だけ」だそう。

さらにいろいろ話してみますと、もともとその施設は学校に復帰することを目的にしており、そのことがまさに彼にとってはなじめない理由になっているのでした。
そこで、学校への復帰を目的にせず、本当に子どもの自主性や個性を重んじている、民間のフリースクールを検討しているところです。

これまで、そうしたフリースクールのことを考えてこないわけではありませんでした。
しかし、そのような場所に通うとなりますと、まず最初にある程度の資金がかかります。
それは別段、私立学校のような高額なものではありません。
私が調べた中では、最初に10万円程度、その後毎月の月謝がかかってくるところが多いようでした。

ところが、私にはそのお金がないのです。
たったその程度のお金すら、自分の子どもにかけてやれない、情けない親である自分。
子どもの幸せを本気で願いながら、ただ願うだけで現実的なサポートができないふがいない私。
母子家庭とはいえ、会社勤めをしているため、収入が福祉の手当てを支給されるラインからはずれており、収入は自分の給与のみ。

離婚してからの9年間、石川啄木の歌をよく思い出しました。

働けど 働けどなお 我暮らし 楽にならざり じっと手を見る

私も自分の手をじっと見つめてしまいます。
けれどもいくらじっと見つめたところで、すばらしい金策など出てくるわけはなく、中小企業である勤め先に居続けるしかないのです。
転職も考えましたが、生活を考えますとおいそれとはいきません。
地獄の沙汰も金次第、などと言いますが、教育の沙汰も金次第、などと考えました。

ところが運命とは実に不思議です。
結婚願望などまるっきりなかったにもかかわらず、今年の4月結婚しました。
その結果、感謝すべきことに、生活の不安がなくなりました。
そして話は冒頭に戻るのですが、息子のフリースクールを検討するに至ったのです。

ひとつ残念なことがあります。
それは結局、自分では問題を解決できなかったということです。
できるなら、自分自身で不安を解決したかったと、心残りです。

そして、私は私自身の、嫌な過去を振り返らざるを得ないのです。

私は大学を中退しています。
理由は単純で、お金がなかったからです。
入学前から自分の家にお金がないことは分かっていましたから、私は新聞奨学生となりました。
住み込みで毎日新聞を配達し、集金をやりますと、新聞社から学費が出るのです。
食事は手作りのものが出るということになっていました。

けれども大学の1年めは、かなり授業が詰まっていました。
レポート作成や予習などにも時間が必要でした。
夕刊の配達をするには、5時限めの授業など欠席するしかありません。

配達所の所長から、こんなことを言われました。
「お前に貸してやった部屋は、他のみんなよりいい部屋なんだから」
「配達先をたったの300軒にしてやった。感謝しろ」
別に私が頼んでそうしてもらったわけではありませんし、毎日ゴキブリの出る部屋を良いとは思えませんでした。
食事も、毎度食品添加物が満載の仕出し弁当のみでしたが、これは所長が離婚したため、作り手がいないのでした。

今でもよく覚えている、他の新聞奨学生の言葉。
「家にお金があれば、こんなことしない」
「集金に行った先で、自分と同年代の子が応対に出てくるのが辛い。その子と自分の置かれた境遇の違いを、否応なしに実感させられるから」

こんなのやってられない。
続けてたら、頭がおかしくなりそう。

そうして私は新聞奨学生を止めました。
当然大学の次年度のお金のあてはなくなりました。

大学を辞めるとき、思いました。

学校って勉強するところだと思ってた。
でも違ってた。
まず最初にお金を払うところだ。
学歴ってお金で買うものなんだ。
どんなに勉強したい気持ちがあっても、お金で決まってしまう・・・
金 金 金 金 金・・・
うんざりだ。

今、格差がどんどん広がっています。
18だったときの私が経験したよりも、もっと嫌な思いをかみしめている若い人がたくさんいることでしょう。
老齢の人たちは、希望を持っているでしょうか。
障害を持つ人たちは、必要十分な福祉を得ているでしょうか。

日本のGDPを考えれば、必要とされているところに十分な税金をあてることができるはずです。
けれどもなぜ、こんなに格差が広がっているのでしょうか。
自分のお財布という超ミクロ経済(^^; と、日本のマクロ経済が交わる点を考えずにはいられないのです。

  1. 2008/06/12(木) 20:41:32|
  2. 格差社会|
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強いものはより強く 弱いものはより弱く その2

2008.06.10 Tue

秋葉原での事件は、あまりの凄惨さに何とも申し上げようがありません。
亡くなられた方々のご冥福を祈るばかりです。
私は死刑制度に反対ですが、こうした事件がありますと、死刑存続に大賛成!という人たちが活気づきそうな悪い予感がしてなりません。
私からすれば、これまで死刑制度がありながら殺傷事件が続いていることを考えますと、死刑制度が犯罪を食い止める手段にはなっていないと思わざるを得ません。

無論、犯人への報復手段としての死刑なんて、とんでもないと思っています。
法律がヒステリックな感情むき出しになっちゃダメですからね。
公平な審判がなされてこそ、被害者のためになるのではないでしょうか。

今回での事件では、容疑者の方が派遣社員であったこと、時給1,300円で、一時解雇になったなど雇用に関することがらに加え、2ちゃんねるでの書き込みが報道されています。

鬱屈したんだろうな。。。
イヤになっちゃんたんだろうな。。。
先が見えなくなったんだろうな。。。

私はそう感じます。
大抵の場合、かなり酷い目にあっても、それだからといって無差別殺傷などする人などいないわけですが、この事件の場合そんな抑制も何もかも見えなくなってしまったように感じられます。
私は加害者に同情しているわけでも何でもありません。
上述のとおり公正な審判を!と思っているのです。
そのため、くれぐれも慎重に審判を進めてくださいよ、裁判官さん!と思うのです。

そこで更に考えますと、自民党の皆さん、あなたたち重罪だね、となるわけです。
公明党の皆さん、あなたたちもです。
本記事内容はここへ来て俄然怒りモードに入りますが、こんな世の中に誰がしたの???
夢も希望も粉々になり、若い人たちに厭世いっぱいの社会にしたのは他ならぬ今の政治家さんたちじゃないの。
絶望的な社会を作り出した罪、償ってもらいたいっ!!

タクシーでおつまみ?
タクシーでビール???
人が絶望で打ちのめされている、その間に。

ふざけるんじゃないよ、まったくもう!!!!

と怒りつつ、次回の記事は私事を書こうと思っております。
本来こっちを先に書くつもりだったのですが、そう考えているうちに秋葉原の事件が起きてしまったのですね。
なのでこの「強いものはより強く 弱いものはより弱く」はその3に続きます。


  1. 2008/06/10(火) 23:06:03|
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