なぜ黙る?
2006.05.18 Thu
今私の願いごとがかなうならば
翼がほしい
(中略)
この大空に翼を広げ
飛んでいきたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼はためかせ行きたい
(後略)
【翼をください 山上路夫作詞・村井邦彦作曲】
いきなり引用してしまったが、私はこの歌が大嫌いだ。
子どものころ、小学校の音楽の時間にこの歌を歌わされた。
その頃はこの歌詞についてさしたる感想はなかったが、今はとても嫌いである。
悲しみや苦しみが嫌だからって、どうしてそれがない世界へ行こうとするのか。
この世界中に蔓延する、テロリズム、ファシズム、差別、貧困、そういった危機に、なぜ真っ向から向かっていこうとしないのだ?
なぜ逃げようとするのだ???
そんなもの見たくないと言って逃げるのは、苦しみ、傷つき、悲しみにのたうち回っている人たちを見殺しにすることに他ならない。
そして、逃げ回っているうちは、ちっとも何も変わりはしないのだ。
しかもそればかりではない。
沈黙することは加担することと同義だ。
あなたのだんまりは、彼らを苦しめる。
そういうことだ。
もちろんどんな人間にだって弱い部分はあるだろう。
みんながみんな、小林多喜二のように死ねるわけはないと思う。
しかし、それでも、あらゆる恐怖にさいなまれても、最後の最後まで正当なやり方で自らの意志を持ち続けるほうがいいと思う。
だからこっちのほうがいい。
* * *
深い絶望感に捉われて、彼はその声を締め出した。
その幻影を払いのけた。
まだだ。
これで終わってなるものか。彼は彼らに語りかけるだろう。
たたきつづけるだろう。身体の筋肉は水のように変わったが、たたきつづけるのだ。
彼らに棺のふたを下ろさせてはならない。
生き埋めにされるだれもがそうするように、悲鳴をあげ、ひっかき、戦うのだ。
意識の消える最後の瞬間、生命を終える最後の瞬間にも、彼は戦うだろうし、たたきつづけるだろう。
なにがなんでもたたき、たたき、たたきつづけ、眠っているときも、麻酔薬を注射されても、苦しみに陥っても、永遠にたたくことをやめないだろう。
彼らは彼に答えず、そ知らぬふりをするかもしれないが、少なくとも彼が生きているかぎり決して忘れることはできないはずだ。
ここに男がいる。
人々へ語りかけ、つねに語りかけを忘れない男がいるのだ。
【ジョニーは戦場へ行った ドルトン・トランボ著、信太英男訳 角川文庫より】

